新しい仕事 蓄光材と取り組む ⑥

目次

取らぬ狸

この商品の説明を受けた時、私はものすごく興奮しました。
倉が3つも、4つも建つのじゃないかと、本気で思いました。

ショップの経営にも、ハンドメイドの業界にも失望していたこの時期、この新しい商品は、
私に大きなやる気を喚起してくれるものでした。

「蓄光材」とは読んで字のごとし。光を蓄えることができる資材ということです
ある特殊な鉱物が紫外線という刺激を受けて発光します。しかし紫外線の刺激を受けなくなると、時間の経過とともに、発光が徐々に失われ、やがて元に戻ります。

解りやすく表現すると、水は熱という刺激を受けると、お湯になります。
これを放置しておくとまた水に戻ります。 しかしまた熱という刺激を受けるとお湯になり、やがて水になる。これを永久に繰り返します。
蓄光材も、同じです。

蓄光材はかなり以前から認知されております。例えば夜、文字盤が光って見える高級な腕時計などに使用されていました。

今、身近なところでは、駅のプラットホームの床に施され、「いざ!」というときのための逃げる方向を示しています。

これが繊維になったのですから、応用商品は無限に広がります。
金糸・銀糸に加え、光の色と言う新しい色彩ができたという興奮です。

無茶と度胸は全く異なる

しかし、結果を出せないまま、終止符を打たざるを得ませんでした。
繊維というのは膨大な量が生産され、当然資金も相当入用です。

弊社が手掛けたのは、毛糸、刺し子糸、レース等の試作でした。
今考えれば、何という無茶ぶりだったでしょうか。
物づくりなどしたことのない私が、大手の繊維メーカーの力を借りても、思うようなハンドリングはできませんでした。
換言すれば、メーカー各社の指示通りに、動かざるを得なかったということです

最初からつまづいていたのが単位でした。
メーカーレベルでは、繊維は重さで表されます。まず糸の太さをきめ、改めて長さを換算するのですが、理解するのに何という時間がかかったのでしょうか。

現場はもっと大変だったと聞いています。
試作を依頼した大手工場の現場の扱いは、ゴミのような存在だったようです。
繊維は、何トンもの単位で生産するそうです。
当時、弊社が依頼した量は100~500KG程度。機械の架け替え作業に半日かかり、あっという間に終わるそうです。・・・

そして、あっという間に終わってしまったのも資金でした。
ホビーという、とても小さな業界で、何とか生き延びておりましたが、蓄光糸の試作には、都度、数百万単位の支払いをしなくてはなりませんでした。

悪いことは重なるものです。
蓄光材のメーカーが、特許違反の訴訟を受け、敗訴してしまいます。
そして、そのころそごうグループが倒産してしまいました。

試作を重ね、サンプルを多数制作したのも、この蓄光材のメーカーが、営業の力になるという暗黙の了解があったればこそでしたが、果たされることはなくなりました。

足掛け7年ぐらいだったでしょうか。
途中で何度手を引こうと思ったかしれません。
ですが様々な事情が絡み、抜けきれないまま、いよいよ足元に火が付いてしましました。

この間私は従来の仕事から遠ざかっていました。
もちろん優秀な女性社員がいたからこそ、手を離せたのですが、そごうの倒産後、経営環境は全く変わっていました。

進むこともできず、引くこともできず、弊社はとんでもない不良在庫を抱えることになりました。

今も、倉庫にしている3DKのマンションいっぱいのこれら在庫を見ると、心が本当に重くなります。
廃棄してしまうには、あまりにも高額すぎて、正直焦りを感じます。
私が動けるうちに何とかしなければと常に頭から離れません。

蛇足ですが、今の弊社の社長は、蓄光材の営業社員として雇用した初めての男性社員のうちの一人です。

契約書

現在も弊社が仕事をさせていただいているのは、百貨店で商品を販売する小売業です。
店舗の他に、手作り商品の販売イベントをさせていただいております。

蓄光材を扱うようになって気が付いたのは、百貨店と製造業との仕事の進め方の、大きな違いです。
製造業は、見積書、仕様書、契約書、請書等々で、取引が進みます。

百貨店では、最初に口座開設と共に契約書を結びます。よほどのことがない限り、これは毎年自動更新されます。
店舗は、これであまり問題はないのですが、手作りの販売イベントは、まず開催時期、会場規模、取引条件も毎回違います。

手作りのイベントは、商品を持っている作家の募集から始めなければなりませんから、開催に向け、準備時間に最低でも4か月は必要です。
ところが、せっかく作家を募集しても、途中で開催時期がずれてしまうことが、度々ありました。
これは、百貨店内のより高度な経営指示により、優先順位が変わってしまうのでしょう。

文句を言っても仕方がありません。
何故なら、「あくまでも予定だからね・・・」と言って日程を告知されます。
つまり予定は未定だから、とりあえず仮押さえだよ・・・ということなのです。

毎回繰り返される「トホホ・・・」の愚痴をメーカーの社長にこぼした時、「契約書はどうなっているのか。結んでいないのか?」
契約書や発注書が無くて、どうやって仕事をしているのかと、かなり驚かれていました。

製造業との取引は、一件ごとに発注書があり、請書を必ず出さなくてはなりません。
それには納期、納品場所、支払い条件等が記されており、必ず履行されるべきものでした。
もちろん、見積書の段階で詳細を詰め、お互いに納得した形で作業がすすめられてゆくのです。

契約書とは、相互に尊重し、真剣に仕事してゆきます。という証明書のように感じ、弊社が置かれている環境は、未熟な業界の端緒な例でした。

最も弊社が大企業で、特別な商品を持っていれば、百貨店の接する態度も違っていたのかもしれませんが。

商品説明の失敗

未知なる仕事は、失敗による反省などする余裕もない程、スピードが出てしまうことです。
特に社長には、即断即決が求められることが多く、社内で検討するという時間稼ぎはできません。
私の迂闊な一言で、物事が大いに進んでしまうことも多く、もがいていました。

蓄光の商品開発は次々と試作を進めておりましたが、一向に販売には至りませんでした。
原因の一つに、顧客の思惑と商品の現実が大きくかけ離れていたことです。

営業先で言われたことは「明るいといっても、新聞も読めないじゃないか・・・」

そうなのです。

「明るい」「光る」このワードを耳にしたとき、人は電気の明るさを想像してしまいます。
「永久に続く」このワードを耳にしたとき、人は無限を想像してしまいます。
そしてこのワードの延長上にあり商品の帰結は、安心・安全でした。
今思えば、最初から間違った印象を与えるセールストークをしていたことだと思っています。

蓄光材の「明」は刹那の明るさです。
営業の不発が続くうちに、私はこれが非常時や、非日常で、安全や安心を担保する「明るさ」という機能を、十分果たすものではないという認識になっておりました。

もちろん機能性繊維として評価されるべき商品ですが、社会の不便を解消するようなものではなく、光の色彩として衣替えをしてゆくべきだと考えるようになっていました。
金糸銀糸が日常社会に溶け込み、刺繍糸として豊かな生活を演出しているように。

蓄光糸も暗くならないとその特殊性が認識されないのではなく、紫外線の効果で、昼間でも白いものが、緑に見えるような、変化を楽しめる商品に価値を移行させればよいものと考えています。

やるせない思い

社内で蓄光材を知ろうと努力するものはおりませんでした。
このために入社させた男性社員は、専門学校を出ているのに興味すら示さず、正直、まったく使い物になりません。

それどころか、商売道具の蓄光材や資料そのものを忘れてくるのです。
何のために営業にでるのか。

紹介を頂いた営業先で、いざ見せようとしたとき、商品を忘れてきたとボソッという部下の言葉に、先方の社長や、同席していた社員の、憐れみともつかない、嘲笑的な雰囲気を、今でも忘れることができません。

私は恥ずかしくて、早々に立ち去りました。
「尻尾を巻いて逃げる・・・」 あのような状態を指すのでしょうか・・・

帰る道々、無言でガード下をくぐるとき、侘しくて、自身が情けなくて涙がでました。
人種が違う!!  何を言ったところで、こいつに日本語は通じるまい。怒る気力もありませんでした。

部下の能力は社長の能力です。
こんな程度の社員しかいないことに、絶望感が私を支配していました。

学校でも予習・復習は大切だったでしょうが、仕事はそれ以上に予習・復習が重要なのです。
何より大事な商売道具を、一度ならず何度も忘れてくるなんて・・・
こんなことが、何より私を苦しめました。

同じ人間の一生。
こういう人間は、たいした努力をしないでも一生を終えられるのだろうと思い、あきらめるよりほか精神状態を保つことはできませんでした。

そんな状況下にあった私を変えた言葉が「下りてゆき、一緒に上がってこい」という一言でした。

怒りや、絶望に支配されるのではなく、部下の立ち位置まで下りて言ったらどうか・・・
そして、一緒に階段を上がってきたらどうか・・・

セラスと命名

最初に名付けたのが「アルテミス」でした。
月の女神です。

太陽の輝きを受けて。夜になるとかがやく月の女神になぞらえ、「ルナ」「ディアナ」といろいろ考えて、ギリシャ神話の太陽の神「アポロ」の双子の妹「アルテミスと」命名し、パンフレットやいろいろな資料を作成したのですが、すでに多くの業界で申請されており、「セラス」といたしました。

ギフトショーにも3回出店いたしましたが、私自身が準備不足で、成果なく終わっています。

大きな展示会に参加するたび、多額の費用がかさみ、ついにはあきらめざるを得ませんでした。

私の一番の悩み・・・・・セラス!!!

代表取締役会長
青木 みな子

よかったらシェアしてね!
目次
閉じる