春のお彼岸

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お彼岸っていつ

宗教は?と問われれば仏教と答えます。宗派は?と問われれば曹洞宗と答えます。
けれど私は仏教を深く知りません。いわゆる葬式仏教の檀徒です。
にもかかわらず、宗教行事には参加しています。

今年も春のお彼岸がやってきます。
おはぎを作ることはなくなりましたが、食べることは毎年変わることはありません。

お彼岸が「あの世」だということは、小さいころから聞いていましたので、墓参りも少々薄気味悪く思っていました。

お彼岸とは、春分の日を中心に前後3日、計7日間をいいます。
春分の日というのは、24節気の4番目に当たり、昼と夜の長さが同じです。

太陽が真東から登り、真西に沈む。
この世とあの世が最も近くなる日で、故人との思いが通じやすくなる日とされています。

この彼岸と此岸を分けるのが「三途の川」で、人間の煩悩を克服し、仏なった故人や先祖に会いに行くのがお彼岸なのです。

最初の一日を「彼岸の入り」春分の日は「中日」最後の日は「彼岸明け」と言い、生きて
この世、此岸(しがん)にいる我々が、煩悩を取りのぞくべき修行の期間ともされているそうです。

お彼岸は仏教行事ではなかった

この時期、寺では「彼岸会」の法要が行われます。
檀家も一緒にこの法要に参加して良いものなのでしょうか
我が家では、墓参りの後に、住職に挨拶して帰るのが作法と思っていましたが、仏教行事ではないようです。

彼岸や、お盆にお墓入りをするという習慣は、一般的な仏教の考え方に、日本独自の習慣が加わったもので、他の仏教国では見られない習慣だそうです。

寺の彼岸会は平安時代の中期に始まったとされています。
中でも浄土宗の影響を強く受けているようです。

浄土宗というのは、極楽浄土は、はるか西にあると考えられていて、太陽が真東から登り、真西に沈むので、お釈迦様のおられる浄土と、此岸にいる我々の距離が最も近くなると考えられたというのは、前に話したとおりです。
つまり彼岸にいる先祖とへの思いが通じやすくなるという考え方です。

その一方で、仏教が伝わる前から、日本には太陽への信仰があり「日願」と仏教の「彼岸」が融合したのではないかともいわれています。

ぼたもち(牡丹餅)とおはぎ(御萩)

春のお彼岸に食べるのが「ぼたもち」
秋のお彼岸に食べるのが「おはぎ」の違いは皆さんご存じですね。
同じものなのですが、春には牡丹、秋には萩の花が咲くから来ています。

用いられる、小豆の赤は、災難から身を守る厄除けの効果があると考えられていたからです。
このような食べ物によって厄を払う習慣って、節句の食べ物にも共通しています。

しかし、もともとは先祖を敬うお供えで、自分たちが食べるものではなかったようです。
それが自分たちで食べるようになったのは、江戸時代、彼岸や忌引き明けに、これらを食べる習慣が根付いたようです。

今の日本では、家族の中に死者が出ないと寺との関りが希薄です。
また関りができても、寺で営まれる葬式以外の法要には縁遠いものです。

我が家でも家族の2人が彼岸におりますが、いぜん寺との距離を感じます。
それでも何度か法要に参加したことはありますが、自分が描いていた、想像していた法話とはだいぶ異なるものでした。

キリスト教のように、イスラム教のように、神の「ご意志」が伝わりにくく、日々生活に反映されにくいのが日本の宗教です。

月や火星に行く現在、神の存在がすべてではないまでも、仏教の哲学を伝える方法がなくてはならないように思います。

彼岸や此岸、極楽浄土思想、日本独自に発達してきた文化を知らず、毎日をやり過ごすのは寂しいし、もったいないことです。

今回の彼岸をきっかけに、古来から育んできた日本のいろいろな催事や習慣を、学びとることは日本人の義務ではないかと思うようになりました。

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