父の庭先から『落ち葉』

秋がロマンティックで物悲しいのは何ゆえだろうか・・・
落ちる夕日の燃え尽きるような赤さだろうか?
暗闇の中の虫たちの、何やら切なさの残る歌声であろうか?
はらりと散りゆく落ち葉ゆえだろうか?

しかし、父の庭先にはそんな風情など、みじんもない。
朝に夕に落ち葉を掃き清めている私だが、思わず声を出して笑ってしまう。

空いっぱいの柿の葉が、地上を射るように「バサッ!」と落ちてくる。
クルクルなんて回転などしない。
バサッ! バサッ!と巨大な葉が落ちてくる。
その大きさたるや、藁草履なみ。
落ちた葉を見ては、ひとりでにんまりしてしまう。

バイロンのように、人も自然も大して愛していない私には、現実を目の当たりにして、それ以上にも、それ以下にも形容すべき言葉は見当たらない。

そう!
狭すぎる父の庭には、自然を美しく見せる装置が欠けている。
情緒を醸成する領域が小さすぎるのだ。
ゆえに、私には柿の葉の落葉は、ただのごみの集積にしか見えないのかもしれない。

見事な柿の葉が目の前に落下したが、ただただ仰天するのみである。

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この記事を書いた人

6月生まれ
そのせいか、寒さより、暑さに強い
限界を超えた体重に苦慮して、昨年、カーブス入会
見た目より、感傷的で繊細(と自分では思っている)

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