父の庭先から『死んでしまったミツバツツジとはなみずき』

次々と花の咲く地面ばかりに気を取られているうちに、頭上はすでに新緑でいっぱいだった。
日を浴びて、眩いまでの柿の葉は、地面の上に緑の影を落とす。
花が咲いたようにも見える、ピンク色の葡萄の新芽は、つんつんと空に向かって伸びている。

春はいいなあ!
一雨ごとに景色が変わる。
アケビの蔓は、くるくると空を回りこみながら、落ち着く先をまるで手探りで探しているようにも見える。

花が散った後のこずえの先は、緑、緑、緑。
心配していた庭藤は、か細い1本の枝先にやっと芽が吹いた。
良かった。枯れていない。

それにしても、なぜ花水木は枯れてしまったのだろうか。
それにしても、なぜ三つ葉つつじは枯れてしまったのだろうか。

そういえば、さつきも去年に比べると、断然蕾が少ない。
鉢植えの花ばかり賑やかな一方で、地植えの樹にまるで勢いがないのはなぜなのかしら。

溢れる緑の只中で、無表情でつったっている2本の灰色の幹は、3年前、父が死んだときに枯らしてしまった肥後椿の姿を思い出させる。

しゃべるすべのない彼らが、いつ苦しんでいたのか、どうして欲しかったのか。
立ち尽くしたまま死んでいるこの者たちの姿に、後ろめたさや、怖さを感じる。

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この記事を書いた人

6月生まれ
そのせいか、寒さより、暑さに強い
限界を超えた体重に苦慮して、昨年、カーブス入会
見た目より、感傷的で繊細(と自分では思っている)

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